第449回 例会2024年10月23日(水)0:00〜2024年10月29日(火)23:59 開催
開 会
点 鐘
ロータリーソング
ロータリアンの行動規範

会長の時間
2024-2025年度会長 原 いづみ
皆さんこんにちは!第449回例会へようこそ!!
前回は会期中に地区大会が開催されるということで、Web版は休会とさせていただきました。地区大会、如何でしたでしょうか。今年は1日目の会長幹事会他はレンブラント海老名で、そして2日目の本会議は大和市文化創造拠点シリウスにおいて開催されました。
今年は久しぶりに二日間続けての出席となりましたが、普段なかなかお目にかかる機会のない方たちとお会いでき、楽しいひとときを過ごすことができました。・・・と先に書いてしまいましたが、本来はセミナーや講演で有意義なお話しを聞く機会を得られて大変勉強になりました、としなければならなかったのかもしれませんが悪しからず。
さて、この地区の一大イベントである地区大会、近年はほとんど見られなくなりましたが以前は家族登録、といってもほとんどは会員の奥様だったのでしょうけれど、いずれにしても家族登録される方がもっといて、私も入会するずっと前から何度も地区大会には参加しておりました。ですので、会員となって出席した回数以上に記憶に残っている思いではいくつもありますが、その最たることは、西田ガバナー年度の地区大会で表彰の介添えを妹と二人でさせていただいたことでしょう。当時父が地区の副幹事を務めていた関係でこうした機会をいただいたということ以外の詳しいことは忘れてしまいましたが、妹と二人で振袖姿でお手伝いさせていただいたことは貴重な経験でした。
この時のことをとても記憶に残っておりましたので、数年前、今度は会員として表彰を受ける立場で舞台に上がったときには「賞状を渡すお手伝いをする方からもらう立場になった」と思ったものでした。そして、「つぎは、いつかは賞状を渡す立場になることがあるのかしらね・・・」なんて冗談を言ったこともありました。(笑)
最後に、役目を終えた後で紹介をしていただいたのですが、その後で舞台裏にまだ居たときに「原さんのお嬢さんだったのですね」と言って登壇されていった河本PG(その時はどなたか勿論分かりませんでしたが)のことが何故かとても印象に残っておりまして、その河本PGが地区大会の直前に他界されたことには大きな驚きであり、大変残念に思うところです。心よりご冥福をお祈りいたします。
私も世間一般にはもう若くない40代の折り返しに来たので、面識のある方で他界されてしまう方が増えてくるのも仕方の無いことなのかもしれませんが、今回の地区大会ではこの河本PGの他にも元当クラブの会員のお母様でガバナー補佐を経験された方も亡くなったと全くの寝耳に水な情報が入ったほか、物故会員のリストの中に何人か存じ上げる方もおり、どことなく寂しさを覚える地区大会だったと言えるかもしれません。
地区大会を振り返るどころか、振り返りすぎてだいぶ遡った思い出話になってしまったので、次回には今年度の大会のことを持ち越しで書こうかとこの原稿を書いている時点ではそう思っていますが、実際はどうなっていることやら。
他にも挙げたい思い出話はまだまだあるのですが、それはまたの機会に。でも、こうして読んでもらっているだけだとどの程度伝わっているか分かりませんが、実際にあって昔話をしていると、結構盛り上がったりするものなのですけどね。
会員となった今は半ば義務で行かざるを得ないので参加している地区大会、かつては何が楽しくて参加する義務もない地区大会に家族登録してもらって行っていたのか、今では不思議でたまりません。ただ、いろいろな方とお会いしてお話しできることが楽しみだったということは言えるかもしれません。それが地区大会の醍醐味なのでしょう。
幹事報告
2024-2025年度幹事 大塚 和光
◆休会のお知らせ◆
アーカス湘南ロータリークラブ定款第6条第1節により、2024年10月30日(水)~ 2024年11月5日(火)
につきましては休会といたします。
◆ハイライトよねやま295号◆ 2024年10月11日発行
下記よりご覧ください。
【https://www.rotary-yoneyama.or.jp/content/uploads/summary/highlight295_pdf.pdf】
◆河本親秀パストガバナー 訃報のお知らせ◆
1996~97年度ガバナー 河本 親秀様がご逝去されました。
ここに追悼の意を表し謹んでお知らせ申し上げます。
通夜および告別式の詳細は下記よりご確認ください。
【河本親秀パストガバナー 訃報のお知らせ】
◆地区大会 御礼状◆
詳細は下記よりご覧ください。
【御礼状_クラブ宛て】
◆令和6年9月能登半島豪雨災害への支援金のお願い◆
令和6年9月能登半島豪雨災害による被災地に対し、支援金を募ることになったとガバナー事務所より依頼が届いています。
クラブからは、通常通り突発寄付積立より人数分を、加えてスマイル基金より端数を出して1万円を寄付する予定です。
追加で寄付をご希望の場合は、2024年11月5日(火)までに事務局へご連絡ください。
【令和6年9月能登半島豪雨災害支援金のお願い_2024.10.21】
◆第1回地区補助金説明会(10月26日)◆
10月26日(土)の「第1回地区補助金説明会」の事前配信資料が届いています。
事前に配信している資料につきましては、各自でご準備いただきますようお願いいたします。
●添付資料 合計6点
【第1回地区補助金説明会 次第_241026】
【別紙-第1回地区補助金説明会 出席表_241026】
【資料1-2025-26年度DDF配分方針(案)】
【資料2ー2025-26年度地区補助金申請要項】
【資料3-2025-26年度地区補助金申請書】
【資料4-補助金管理委員会マニュアル (R6)】
●開催概要
日時 2024年10月26日(土)14:00~15:50
(説明会終了後、15:50~個別相談会を開催します)
場所 第一相澤ビル8階「会議室」
委員会報告
出席委員会
第448回例会 出席率 66.6%
会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名
Visitors
第448回例会のビジターコメント
横浜ロータリークラブ 宮林 雄彦 様
私たちが生きていくうえで、大切な海について、貴重な卓話をいただきました。神奈川県に住む者にとって海は大変身近ですが、子供のころに比べると、その海への向き合い方が変わってきたように思えます。これからも大切な海をしっかり守っていきたいと思います。
Smile Box
第448回例会のスマイル報告
前回はありませんでした。
カレンダー
今週のプログラム
きものがたり歳時記(五十四)
卓話者:十一代目大塚重郎右衛門 様
秋の蚊帳(蟵)
蚊帳の別れ・名残の蚊帳・蚊帳の果
蟵の果てふたたび母と子となりて かな女
木賊より昏れ色が先蟵の果て 桂郎
蚊帳の名残・九月蚊帳という傍題もあるようです。蚊帳は夏の季語です。「秋の蚊帳」は秋の季語ですが、夏の名残を思わせます。通常、俳句では季重なりは厳重に禁じられますが、季節の移り変わりを詠もうとすると二つの季語を使いたくなることがあります。二つの季語を使わずに季節の移り替わりを明確に詠むことは可能でしょうか。
例えば「夜涼」は、夏の季語ですが、夜が涼しいと言う意味で晩夏、秋の訪れを感じさせます。また「夜の秋」は日中は暑くても夜は秋の気配を感じる晩夏の侯の季語です。このように一つの季語そのものの中に季節の移り変わりを感じさせるものは他にも「春隣り」をはじめ沢山あります。
そもそも俳句の中には「季語なし」も有りますし、作り手の中にも「無季俳人」と呼ばれる方もいます。また「季語」そのものも新しく生まれて認められてゆきます。反対に使われなくなった季語、いわば絶滅危惧季語もありますね。自分で素敵な季語を創造するのも「良し」では無いでしょうか。勿論、俳人としての力量は問われますが。
現在は夏の虫除け対策といったら、スプレーをして虫が入ってこないように窓を閉め冷房をつける、という人が多いのではないでしょうか。かつての日本では蚊帳や蚊取り線香を使って虫除けをして快適に過ごしていました。しかし今は「蚊帳」を知らない世代が増えていると思います。
蚊帳はいつ誕生したのでしょうか。1300年以上前に編纂された「播磨国風土記」によると、応神天皇が播磨の国を巡幸した時に「賀野(かや)の里」で、殿(でん)を作って蚊帳を張ったという記録があります。稲作をしている水田地帯には蚊が発生するため、虫除け対策が必要になったのでしょう。これが、蚊帳の始まりと言われています。
奈良時代に入ると、中国から蚊帳作りの女性技術者が渡来し、絹や木綿を使った蚊帳が本格的に作られるようになりました。服部(はとりべ)の人、「はっとりさん」のご先祖でしょうね。これは「奈良蚊帳」と呼ばれていたのだとか。そして、時を経た室町時代には近江国の八幡の商人が麻の糸で蚊帳を織るようになり、「八幡蚊帳」や「近江蚊帳」として流通しました。
戦国時代に入っても、麻の蚊帳は米にして2〜3石分の貴重品であったため庶民は「紙帳」という紙で作られたものを使っていました。江戸時代になり近江八幡の17軒の蚊帳屋が互いに助け合って商売を行うための組織を作り、庶民の間にも徐々に麻の蚊帳が広まっていったそうです。
小林一茶は「月さすや紙の蚊帳でもおれが家」という句を詠んでおり、紙とはいえ蚊帳を利用するのが日常的であったことが伺えます。一茶には「馬までも萌黄の蚊帳に寝たりけり」という句も。萌黄とは緑色のことですが「萌黄の蚊帳」は「八幡(近江)蚊帳」の代表格。馬が人間よりも高価な麻の蚊帳を使っていることもあったようです。
扇風機、エアコンが登場する1960〜70年代から蚊帳はあまり使われなくなっていましたが、最近は虫除けスプレーやエアコンが苦手な人も出てきて再び注目が集まっています。蚊帳の種類も増え、伝統的な部屋を覆うタイプのものからベッドのみを覆うタイプ、ワンタッチで開閉ができるタイプなど、用途に応じて選べるようになりました。素材も、ナイロンから、麻やヘンプまでさまざまな種類が用いられています。
秋簾
簾名残・簾の別れ・簾しまう・簾外す・簾納む・
簾とる。
わざおぎと隣り住みたる秋簾 風生
秋簾訪ひ来し人の声をきく 多佳子
秋簾日のある草に水捨てる 北野平八
『北野平八句集』富士見書房・昭和62年所収。
退院をして来てをられ秋簾 深見けん二
『深見けん二句集』1993所収。
清水哲男氏はこの二句についても解説しています。毎度ながら彼の着目には脱帽します。前句については「些事を書かせたら北野平八の右に出る俳人はいない。縁側の簾の脇から、コップ半分の水を捨てようという時、無造作に捨ててもよいのだが、そこはそれ、日のあたっている草にかけてやるのが人間の情。しかも、季は夏ではなくて秋である。うめえもんだなあ。」と言い、後句も「吊ったままの簾も、この様子だと今日にでもしまわれることだろう。と、ただそれだけのことを詠んでいるのだが、こういう句には文句無しに唸らされてしまう。詠まれているのは、日常的な些事には違いない。だが、その些事をこのようにさりげなく詠むには、虚子直門の作者には失礼な言い方になるけれど、相当な年月をかけた修練が必要だ。例えば修練を積んだ剣士かどうかがさりげない立ち姿でわかるように、掲句もまた、さりげなくも腰がぴしりと決まっているのがわかる。」いつになったら辿り着けるものか、この境地。嗚呼。
※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。
※本稿は阿夫利嶺俳句会の月刊誌「阿夫利嶺」に掲載されている連載を編集して掲載しております。※
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