第479回 例会2025年8月27日(水)0:00〜2025年9月2日(火)23:59 開催
開 会
点 鐘
ロータリーソング
職業奉仕 四つの反省

会長の時間
2025-2026年度会長 原 いづみ
皆さん、こんにちは。第479回例会へようこそ‼
8月もあっという間に過ぎ、子どもたちは夏休みを終えて学校へ戻る時期となりました。私が子どもの頃は、夏休みは8月31日までで、9月1日が二学期の始業式。そして防災訓練が定番でした。しかし最近では、学校によっては8月末に始業式を迎えるところもあるようです。皆さんのお子さんやお孫さんの学校はいかがでしょうか。
小学校一年生の甥っ子は、29日から二学期が始まるそうです。この夏休みはほぼ毎日我が家に遊びに来て、大好きなおじいちゃまと一緒に田んぼの手伝いに行ったり、行けない日は広々とした庭で元気いっぱいに遊び回っていました。学校が始まっても、学校に行くより田んぼでのお手伝いの方が楽しいようで、「学校に行ってる場合じゃない‼」などと話していました。可愛いものです。でも、いつまで続くのか……。
数年前、地域に「スーパー小学生」と呼ばれていた子がいました。一人で田回りをこなす姿が注目されていましたが、中学生になるといつしか姿を見なくなってしまいました。よくある話かもしれませんが、甥っ子もどこまで父(おじいちゃま)の後を追いかけてくるのか気になるところです。父は娘ばかりの子どもを持つため、孫といえど男の子と一緒に仕事ができるのは嬉しいのでしょう。夏休みが終わって寂しく感じるのは、子どもだけでなく祖父母も同じかもしれません。もっとも、ホッとする部分もあるでしょうけれど。
さて、今月もクラブとしては例会以外に特別な活動はありませんでしたが、第三グループの会長幹事会にて、今年も10クラブ合同で奉仕事業を行うことが決まりました。毎年のことながら、「皆で一緒に」というこの方針には、どうにも馴染めません。
会員数や健康面の事情から、グループで行うポリオ募金活動には参加できませんが、グループとしてはそれで一つの活動が成立していると私は思っています。しかし、他クラブの会長幹事の皆さんはそうではないようで、今年も結局合同事業を行うことになりました。IMや地区大会などの大きなイベントも含めると、単純に考えて3か月に一度はクラブ外の事業・行事があり、そこにクラブ内の活動が加わると、会員数が多かった頃の状況を踏まえても、当クラブにとってはなかなか厳しいものがあります。
これも第三グループの特徴といえば特徴なのかもしれませんが、私の知る限りではかなり珍しい印象です。第三グループで育ってきた方々にはそれが当たり前なのでしょう。もっとも、私や大塚幹事のように他グループを経験してきた者は少数派かもしれません。こうした文化の中に後から加わった私が意見したところで変わるはずもなく、後から設立されたクラブの方々もこの文化にすっかり馴染んでしまったようで、違和感を覚えずにはいられません。
次週は地区大会へ振り替えですのオンライン版の例会は休会です。
2025-2026年度幹事 大塚 和光
◆新世代交流会(帰国報告会)のご案内◆
下記よりご覧ください。
【20250907_帰国報告会ご案内-配信用】
◆ロータリー全国囲碁大会案内状◆
下記よりご覧ください。
【【囲碁同好会20251108全国大会】RC宛案内状】
◆2025-26年度 地区大会記念親善ゴルフコンペ 開催のご案内◆
下記よりご覧ください。
【2025-2026年度地区ゴルフ大会】
◆第2780地区 横須賀ローターアクトクラブ 創立50周年式典 開催のご案内◆
下記よりご覧ください。
【開催案内-RC (1)】
◆地区大会 2日目 送迎バスについて◆
◎バスの送迎時間
8時30分から12時30分過ぎまで、帰りは17時30分より18時30分となります。
◎マイクロバス3、4台でピストン運送です。※小田急伊勢原駅北口⇔伊勢原市民文化会館
20分毎とありますが、満員になり次第出発いたします。
※上記のマイクロバス運行時間以外は徒歩またはタクシーとなります。
徒歩の場合は駅から約15分です。
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委員会報告
出席委員会
第478回例会 出席率 66.6%
会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名
Visitors
第478回例会のビジターコメント
前回はありませんでした。
Smile Box
第478回例会のスマイル報告
前回はありませんでした。
カレンダー
今週のプログラム
和ものがたり歳時記(九:薪能)
薪能
卓話者:末広 平太 様
薪能
五月十一、十二日(古くは旧二月二日)、奈良興福寺南大門の般若の芝で行なう。西金堂前に篝をたき、その灯りで
演能され、芝能とも言う。一時中絶の後、昭和二十七年に復興された。
笛方のかくれ貌なり薪能 碧悟桐
古びたる鬼の面なり薪能 虚 子
引用した季寄せの解説にあるように、興福寺の薪能は明治二十年代以降中絶していましたが、戦後復活し昭和三十五年からは五月に行われるようになったといいます。
例句にある碧梧桐と虚子、そして、子規の生地の松山では能楽が盛んであり、虚子の父も能をしていたのだそうですし、松山藩の廃藩後、能楽保存に尽力したのは兄の池内信嘉であったのだそうです。
正岡子規は明治三十二年に「薪能」で七句詠んでいます。脊椎カリエスを病んで四年目であり、寝たきりの生活の方が多かった頃です。そうした事情から子規が実際に観たのではなく、虚子や碧梧桐から話を聞いて詠んだと言われています。
ふらでやみし朧月夜や薪能
鉢の木や薪に遠き最明寺
薪燃えて静の顔を照しけり
薪能京より叔父のまかりけり
鹿来る楽屋の外や薪能
冴え返る春日颪や薪能
小夜更し鼓の音や薪能
「静」とは源義経の愛妾で白拍子の静御前のことです。そこで、掲句の薪能は「船弁慶」または「静御前」であると思われます。どちらの演目にも静御前が登場します。
薪能が始まると、シテの静御前は揚幕を出て橋掛かりをつま先で床をするように「すり足」で歩いてきます。燃える薪の明るさに能面の片側を照らされながら、しずしずとすり足で歩いてくるのです。ただし、この薪能は松山の能楽堂ではなかったと言われています。掲句は虚子や碧梧桐から聞いた話からふっと浮かんだ句であるといいますが、流石は子規というべきでしょうか。
近年では夏に涼を求めて薪能と称して興福寺以外でも野外能が行われています。例年、曜日に関係なく、七月二十六日に開催される富松神社の薪能など有名です。
三百年に亘るという「大山能」の伝統文化は一時途絶えたものの、観世流宗家一門と地元保存会の熱意により今日の盛況をもたらしています。大山の薪能には阿夫利嶺俳句会として二回、しかも泊りがけで出かけました。初めの時には畳敷きの席に座ってコップの酒を傾けながら、でした。二回目の時は椅子席でしたが膝の上には缶ビール。楽しい一夜の思い出です。どんな俳句が出来たのかは、全く記憶にございません、が。
薪能が催されるのは夏の夜。夜風が吹いていれば、能管・小鼓・大鼓(大皮)・太鼓の四種の楽器の音とともに、爽やかな風のなかでの後ジテの登場となります。手元の山本健吉編の季寄せでは勿論、夏の季語になっています。
しかし、「薪能」を「俳諧歳時記」で調べると、かつては春の季語であったようです。これは興福寺の陰暦二月の行事であったことに拠るようです。
寒いので暖を取るために、法会を準備する作業員たちが焚火をして、余興にパントマイムをやっていたのが始まりのようでもあります。しかし、その後この行事は途絶して、変わって春日大社の十二月の行事である若宮祭を指すようになり、そこを捉えて、今では薪能は冬の季語となっているとか。そんなことからか、薪能の例句は多いのですが、冬の季語として扱われているものも沢山あります。
薪能篝なだめの役ありて 有働 亨
最初は焚火であったのが、いつしか篝火になったとか。
紅梅を瞼の花に薪能 平畑静塔
梅は初春ですね。
薪能万の木の芽の焦がさるる 藤田湘子
舞ふ我に新樹の風や薪能 金井 綺羅
落花にも序・破・急のあり薪能 冨田みのる
春の薪能。これらの句は春の行事としているようです。
薪能待つ間の闇の虫時雨 村上辰良
薪能鬼女に月光憑きにけり 松本圭二
対岸の秋燈を入れ薪能 関森勝夫
少しずつ秋が深まります。
すだく虫一鼓に制す薪能 荒井正隆
月かくす雲の遊びぬ薪能 岸田稚魚
脇僧の寒げに暗し薪能 河東碧梧桐
一周まわって冬に戻りました。
このような例句の数々を見てしまうと、奈良開催の薪能を示す修辞がない限り薪能は季語として扱うべきかどうか。副題とすべきかと思えますが、如何なものでしょうか。
※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。
閉 会
点 鐘