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第487回 例会2025年11月5日(水)0:00〜2025年11月11日(火)23:59 開催

開 会

点 鐘

国 歌

ロータリーソング

四つのテスト

会長の時間

2025-2026年度会長 原 いづみ

皆さんこんにちは、第487回例会へようこそ‼

 秋もいよいよ深まり、朝晩の冷え込みが増してきました。日中でも一枚上着が欲しくなるような日もあり、季節は冬の入り口へと向かっていきます。関東ではまだ紅葉シーズンというには少し早いものの、北海道では既に終盤を迎え、東北から九州にかけては見頃エリアが拡大しているそうです。まだ見頃を迎えていない多くの名所で平年並から平年よりやや遅い見頃になるとみられていますので、次の三連休には関東でも紅葉狩りが楽しめるかもしれません。

 さて、10月16日に開催した移動例会にてNPO法人はだの大日堂保存会様(以下、保存会)へ大日堂修繕の為の寄付金を贈呈させていただいたところ、10月30日に保存会より感謝状を拝受致しましたのでご報告させていただきます。
 前回寄付のご報告をした際にも言及したことですが、宝蓮寺大日堂には、国登録や県・市指定の文化財が多数あり、その中には損傷が激しいものも多く、実際に建物や仏像群全体の修復に億単位の費用がかかると診断されているとのことです。保存会では、こうした文化財の保全に向けて寄付金を募る活動を続けておられ、資金集めには大変なご苦労があると伺いました。今回、私たちクラブとして寄付という形で協力させていただけたことを嬉しく思います。

 日本全国の神社仏閣でも、同様の保全活動が行われていることと思います。また、会員の皆さまの中にも、身近なところでこうした活動に関わっている方がいらっしゃるかもしれません。今回、私の地元で活動されている保存会へ寄付提案を快く受け入れてくださったクラブの皆さまには、私からもこの場を借りて感謝申し上げます。
 多額の費用を必要とする修復費のなかでは、今回の寄付はその極一部に過ぎませんけれど、先人の思いや技術が詰まった文化財が適切に保存され、次の世代、そしてまたその先の世代へと、貴重な財産が受け継がれていくことを願っています。クラブとしては終焉を迎えるその会長が未来への継承云々という話をするのも複雑な思いがありますが、クラブの事はともかく、文化財の保全活動に今後ともご協力頂けますと幸いです。

◆寄付贈呈式:2025年10月16日(木)
◆寄付先:NPO法人 はだの大日堂保存会
◆寄付の目的:大日堂修繕のため
◆寄付金額:10万円

 

 最後にもう一つご報告です。10月23日、RI日本事務局へ正式にRI加盟脱退申請書を提出いたしました。これで理事会にかけられ承認が下りれば、2026年2月末日をもってアーカス湘南ロータリークラブとしての活動を終えることになります。創立から丸11年、このままイレギュラーな休会が発生しなければ第500回例会が最終例会です。残りの例会数はあと12回です。
 この申請に至るまで、クラブの存続については正直なところ諦めは付いていたものの、限界を超えていることも感じていたので、終止符を打つという点についてはさほど抵抗はありませんでした。しかしながら、いざ書類を整え、日本事務局に提出する準備が整った段階になると、言葉では表せないような思いがこみ上げてきました。この件に関しては書き出すと長くなるので、今回は提出の報告に留めますが、極々端的に表現してしまえば「終わるときはあっけないものだ」と。勿論、そこに至るまでのプロセスには大変な重みがありましたけれど、手続き的な面で言うと複雑なことはなかったというのが実際のところでした。理事会より承認された旨連絡を受けた際には、またこちらでご報告させて頂きます。
 今後は、クラブ内で整理しなければならない事が諸々ありますので、そちらは「立つ鳥跡を濁さず」の如く片付けていきたいと思っております。最後までご協力お願いします。

幹事報告

2025-2026年度幹事 大塚 和光

◆大日堂パンフレット◆
 会長の時間でご報告がありました感謝状に大日堂のパンフレットが同封されていました。
 下記よりご覧ください。
 【IMG_20251105_0003
 

◆新「学習トピック」のご案内 & クラブ細則等ご共有のお願い◆
 上記依頼がガバナー事務所経由でRI日本事務局より届いています。
 こちらに掲載するには複雑ですので、会員の皆さまにはメールを転送いたします。
 

◆「地区職業奉仕セミナー」開催のご案内(11/29):地区職業奉仕委員会◆
 下記よりご覧ください。
 【2025.11.29「地区職業奉仕セミナー」開催のご案内-配信用-PDF
 

◆財団室NEWS 2025年11月号◆
 下記よりご覧ください。
 【202511_TRF_News
 

◆米山学友会主催:「国際交流会・忘年会」 開催のご案内_2025.12.14◆
 詳細は下記よりご覧ください。
 なお、参加をご希望の方は2025年11月18日(火)までに事務局へご連絡ください。
 【米山学友会主催「国際交流会・忘年会」のご案内2025.12.14_クラブ宛て
 【国際交流会・忘年会場所
 

◆ロータリー財団月間リソースのご案内◆
 下記よりご覧ください。
 【2025年11月|ロータリー財団月間
 

◆ガバナー月信 2025-26年度第5号(11月号)◆
 下記よりご覧ください。
 【ガバナー月信2025 第05号 

委員会報告

出席委員会

第486回例会 出席率 66.6%
 会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名

Visitors

第486回例会のビジターコメント

東京ロータリークラブ  守屋 弓男 様


会長の坐禅体験談を視聴させていただきました。私も坐禅を体験しましたが、雑念に終始していました。
坐禅で何か有意義なことが得られるのは、何日にも何回も続けると起きるというか感じられることかもしれません。そして何かを識ることができるのでしょう。
メイキャップありがとうございます。

Smile Box

第486回例会のスマイル報告

前回はありませんでした。

カレンダー

今週のプログラム

和ものがたり歳時記(十四:龍田姫・紅葉狩)

龍田姫・紅葉狩

卓話者:末広 平太 様

 龍田姫
  大和国、竜田山に鎮座する秋の女神。春の佐保姫に対し、野山の紅葉を染めなす神である。
   竜田姫月の鏡にうち向ひ       月斗              
 
 野山の紅葉が美しい季節になりました。春の桜とともに「日本人で良かった」と思う季節ですね。この色彩美を織りなす「自然の不思議」は秋をつかさどる女神「竜田姫」のおかげと言われています。竜田姫は現在の奈良県生駒郡三郷町にある竜田神社に祀られている女神様です。竜田神社は法隆寺建立の守り神として創建の後、明治の神仏分離令により現在は龍田大社の摂社となっています。
 なぜ竜田姫が秋の女神と呼ばれるようになったのかといいますと、平城京の頃は五行思想に基いて春は東、夏は南、秋は西、冬は北にそれぞれ女神を配しました。そこで西の竜田山の神霊が神格化され、秋を司る竜田姫となったと言われています。
 西の竜田山の竜田姫に対して、東の佐保山には佐保姫が対をなしていることはご存知の方も多いと思います。残念ながら竜田山も佐保山も現在ではなくなってしまったそうです。竜田山は姿を消してしまいましたが、竜田川は今もあり周辺の公園は紅葉の名所として健在です。この他に、夏(南)を司る「筒姫(つつひめ)」、冬(北)を司る「宇津田姫(うつたひめ)」の四人で、東西南北の女神がそろいます。
 紅葉を「山を織りなす裾模様…」などと例えられますが、竜田姫は染色とお裁縫が特技と言われ信仰されています。
秋の野山を紅葉に染め上げる…このことも「秋の創造主」として相応しいとされた由来のひとつと言えます。
平安時代、『源氏物語』の文中「雨夜の品定め」にも染色の上手だったかつての妻を竜田姫に例える場面があるように、染色や色重ねのセンスが良いことは女性にとって大きな魅力とされていたことがわかります。
 竜田姫は美しさでも絶賛されています。大正時代の美人画家・竹久夢二の晩年の作品に「立田姫」(昭和六年作)があります。鮮やかな赤い振袖に身を包んだ姿は真紅に染まった紅葉の色を思わせます。色の深さとしての「紅」は季節の深さを表わし、燃えるような色に包まれた夢二の竜田姫の姿は静かに佇むがゆえの心の深さを描いているようにも見えます。

 紅葉狩
  山野に紅葉を探ること。
  紅葉見・観楓・紅葉茶屋・紅葉酒
   奥宇陀は稲架の山路や紅葉狩     爽雨
   一瀑の疾く昃れる紅葉狩       風生 

 紅葉狩りは何をすることか知っていますか。「紅葉を採る」と思っている人が多くいるそうですが、あなたはどうですか。実は紅葉狩りとは「紅葉を眺めること」なんです。
 私も子供の頃は「紅葉なんて狩って(刈って)何に使うんだろう」と思っていました。「狩り」という文字を見て紅葉を採るという風に思う人が多いですよね。狩りといえば「獣狩り」というイノシシや鹿の狩り、「いちご狩り」や「さくらんぼ狩り」のような果物の収穫、山の植物を採る「山菜狩り」といったことを連想しますよね。それぞれに「採る」という意味があるため、紅葉狩りでは「紅葉を採る」と想像するでしょう。なぜ「狩り」という言葉を使うのでしょうか。
 日本の最古の和歌集である「万葉集」の中に紅葉狩りという言葉が出てきます。万葉集は約千三百年前の七世紀後期~八世紀にかけた奈良時代に編集されています。その頃から「紅葉狩り」という言葉が存在したことになります。しかし、この時代には紅葉を眺めるという行事は定着していませんでした。紅葉を身近で楽しむ環境ではなかったようです。
 平安時代の貴族は紅葉を手折って手に持って鑑賞していたと言われています。実際に紅葉を採っていたことから紅葉狩りと呼ばれるようになったという説があります。
 当時、紅葉を鑑賞するためには山へ足を運ばなければなりませんでした。貴族にとって歩くというのは「下品」とされていたそうです。紅葉を見に行くのに山へ歩いて行くというのは世間的にも「下品な人」と思われるため、「狩り」に行くと見立てるために紅葉狩りという言葉が生まれたという説もあります。
 室町時代に入ると豊臣秀吉が秋の醍醐に紅葉狩りを開こうと計画したそうです。結局それは実現することはありませんでしたが、それから徐々に世間に定着していったと考えられています。一般に広まり人気になったのは江戸時代中期の頃と言われています。きっかけは伊勢神宮へのお参りである伊勢講や熊野詣など庶民の間で旅行が流行したことです。この頃には紅葉の木の下で食べ物やお酒を持ち込んで花見のように紅葉を楽しんでいたそうです。現代に近い形になったのは江戸時代だということになりますね。

※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。

閉 会

点 鐘

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