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第491回 例会2025年12月3日(水)0:00〜2025年12月9日(火)23:59 開催

開 会

点 鐘

国 歌

ロータリーソング

四つのテスト

会長の時間

2025-2026年度会長 原 いづみ

皆さんこんにちは、第491回例会へようこそ‼

 12月に入り、今年も残すところわずかとなってまいりました。毎年同じことを言っている気がしますが、一年が過ぎるのはあっという間です。もちろん時には長く感じることもありますが…。
 これから年末にかけて何かとせわしなくなるものですが、巷ではインフルエンザの流行が拡大し、11月28日に発表された指数では39都道府県で警戒レベルとなっています。今年シーズンは例年とは異なり9月下旬頃からすでに流行入りし、過去数年で最も早い時期から流行が始まったとされ、さらには年齢問わず重症化リスクが高いようです。実際知人の話では、10月頃にお子さんの学校で学級閉鎖がすでに起きているという話を聞いていました。
 流行を防ぐためには、何より原因となるウイルスを体内に侵入させないこと、そして周囲にうつさないようにすることが重要です。ワクチン接種、手洗いうがい、適切な湿度管理など、インフルエンザの感染を広げないために、一人ひとりが 「かからない」「うつさない」対策を実践しましょう。
 因みに、私が最後にインフルエンザに罹患したのはもう15年くらい前のことになりますが、修学して最初の冬にクリスマスマーケット巡りの旅行に出た最初の日に症状が出てしまい、その後全日程が台無しになってしまったという悲しい思い出があります。
 年末年始、忘年会やクリスマスパーティーなど楽しい時間を過ごす機会が増える時期でもありますので、インフルエンザにかかって楽しい時間を見過ごすことにならないよう皆さんお気をつけください。

 ところで、(この原稿を書いている)今日12月2日はギビングチューズデー(Giving Tuesday;寄付の火曜日)です。ご存知の方も多いかと思いますが、ギビングチューズデーは、アメリカの感謝祭翌日の火曜日に行われる国際的な寄付活動であり、感謝祭後のブラックフライデー、サイバーマンデーといった商業主義的な消費シーズンに対抗し、社会貢献を促す目的で2012年にニューヨークの慈善団体と国連基金によって開始されたものです。昨年のギビングチューズデーには、世界中の会員や支援者からロータリー財団に140万米ドルを超える寄付が寄せられたそうです。
 日本ではこの時期になると「歳末たすけあい募金」や「赤い羽根共同募金」といったように街頭で募金活動を行っている方々を目にするようになります。
 歳末たすけあい募金とは、新年を迎える時期に支援を必要としている人が安心して新年の迎えられるように実施される募金で、集まった寄付は国内の福祉施設や孤立・孤独の状態に置かれている人々、生活に困窮する人々を支援するために役立てられるものです。

 「ギビングチューズデー」は国際的な寄付文化を広げる日であり、またデジタル時代の国際的寄付文化であるのに対し、「歳末助け合い募金」は日本の地域社会に根付いた伝統的助け合い文化というように、スケールや手法の違いはあります。しかしながら、両者とも消費や慌ただしさが増す年末に思いやりや連帯を呼びかけ、人々の善意を集め、寄付や助け合いを通じて社会を支えるという精神、思いやりを形にするという同じ願いを共有しています。
 世界と地域、それぞれの場で広がる寄付文化、こうした文化の違いと共通する精神を見つめることで、私たちはより豊かなつながりを築いていけるのではないでしょうか。

幹事報告

2025-2026年度幹事 大塚 和光

◆財団室NEWS 2025年12月号◆
 下記よりご覧ください。
 【202512_TRF_News_2
 

◆疾病予防と治療月間リソース◆
 下記よりご覧ください。
 【2025年12月|疾病予防と治療月間
 

◆台北国際大会通信 Vol.​4(2025年12月号)◆
 https://drive.google.com/file/d/1dzIaLZUdnpvO0JLMu8whjOboVhM_F9vG/view?usp=sharing
 

◆ロータリーレート◆
 12月 1ドル=156円

委員会報告

出席委員会

第490回例会 出席率 66.6%
 会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名

Visitors

第490回例会のビジターコメント

藤沢南ロータリークラブ  新井 智代 様


前回の寄付のお話しは示唆に富んだ素晴らしい内容で大変勉強になりました。
ロータリーに入会してから、会長やAGとして財団寄付の目標額をめぐり会員の皆様に寄付をお願いすることは多々ございましたが、これほど説得力のある寄付の本質をお伝えすることができずに参りました。反省するとともに、これからに活かしていきたいと思います。

お米は昨年喜んでくださった子供食堂さんが沢山ありましたね。お父様に深く感謝申し上げます。
 

大阪東ロータリークラブ  別所 健 様


卓話についての感想です。
歌舞伎の「顔見世」は1年に1回の特別な行事であることに加え、毎年役者の顔ぶれが変わり新しい一座のお披露目として行われていたことから、特別な行事であることが伺えます。単なる年末興行ではなく、役者の雇用更新に合わせた顔見世は、多くの決まり事や式典を経て初日を迎える点から日本の伝統芸能が受け継がれた重みを感じました。歴史が最も古い京都南座のまねきは、町全体が華やぐ雰囲気が目に浮かびます。式の段取りや役者同士の挨拶、番付の決まり方や世界定めなど、舞台だけでなく準備の段階にまで伝統が息づき、歌舞伎の奥深さを感じました。このような背景を知った上で、歌舞伎を体験してみたいという気持ちが高まりました。

Smile Box

第490回例会のスマイル報告

前回はありませんでした。

和ものがたり歳時記(十七:炬燵・火鉢)

炬燵・火鉢

卓話者:末広 平太 様

 

  五十肩を直したい一心で俳句と付合い始めてから早や三十年近くなりました。小学校五年生でしたか、国語の時間に俳句というものの存在を知っただけで、以来何の縁もなく過ごして居りましたから初めは訳も分からず十七音に取り組んでいました。先生に、先ずは多作多捨と言われて句の数ばかりは沢山作りました。しかし、五七五になるばかりで俳句とは認めて貰えませんでした。
 その頃、虚子の全句集を読む機会がありました。その時の率直な感想は、つまらない凡庸な句ばかり、でした。正直、こんなのだったら俺にも出来る、と思ったものです。

 炬燵
  部屋の床を切って、炉を設け、櫓を組んだ切炬燵と、床を切らずに炉の中に火を入れた置炬燵とがある。行火
 手・足・寝床などを暖める小形のもの。炬燵の上に組み格子を置いて、布団をかぶせ、四方から足を入れて寝るのを
 敷炬燵と言う。

 電気炬燵
  大空の風きゝすます炬燵かな        水巴
  淋しくもなにもなけれど昼炬燵       龍男

 何時も引用していますが、清水哲男氏の文章は頷けることばかりです。二十数年前のものですが虚子の句について書かれたものがあります。

  贈り来し写真見てをる炬燵かな    高浜虚子                    
 季語は「炬燵」で、もちろん冬。こういう句に接すると、つくづく虚子は「俳人だなあ」と思う。なんだ、こりゃ。作者が、ただ炬燵で写真見てるだけジャンか。どこが面白いのか。凡庸にして陳腐なり。と、反発する読者もおられるだろう。かつての私もそう思っていたが、最近になって「待てよ」ということになった。というのも、たしかに名句ではないだろうけれど、この場面を自分が実際に句に仕立てるとなると、このように詠めるだろうかという疑問がわいてきたからだ。たぶん、私には無理である。(再び……)というのも、炬燵にあたっているゆったりとした時間のなかで、何枚かの「写真」を眺めていれば、おのずからいろいろな思いが触発されるわけで、どうしてもそれらを同時に表現したくなってしまうからだ。たとえば、このときは愉快だったとか、疲れてた、などと。だが、虚子はそれらの思いをばっさり切り捨てて、ただ「見てをる」と言った。なんでもないようだが、ここに俳人の俳人たる所以が潜んでいるのだと思う。これが「俳句」なんだよと、問わず語りのように知らんぷりをして、掲句は主張しているように写る。(以下略)   (「増殖する俳句歳時記」より)

 なるほどな、と思います。虚子が挨拶句の名手だという意味が良くわかります。私には名句だとも面白い句だとも思えません。これを最短詩形の文学あるいは文芸であるというには些か気が引ける気もしますが。一方には俳句は抒情詩であるという主張もあり、虚子の名句として喧伝されているものも含意の深さを言われているようですし。

 火鉢
  冬には不可欠の調度品であった。火桶は木製の円形火鉢で、多くは桐火桶桐火鉢。長方形の箱火鉢長火鉢と言
 い、猫板と引出しが付き、灰の中には銅壺を据える。手焙は手を炙るに用いる小火鉢。手炉とも言う。また足もとに
 置く足焙もある。
  金沢のしぐれをおもふ火桶かな        犀星
  死病得て爪うつくしき火桶かな        蛇笏 
 
 火鉢を最後に見たのはいつだったでしょうか。若い方は見た事も無いのではないかと思います。しかし、昭和四十年頃までは暖房の主流でした。店の暖房でさえ炭か練炭の火鉢でした。家庭用のものとは大分違い腰のあたりまでの高さのある大きなものです。記念に一つだけ保存してあります。曽祖父が使っていた長火鉢も倉庫にしまってあります。手焙は大小いくつかありますが、水鉢代わりに使っている他は物置の中です。もう世に出ることもないでしょう。

 いもの皮のくすぶりて居る火鉢哉   正岡子規
 目刺焼く父や火鉢の灰よごし     城 孝子
 一杯のヂンの酔ある火鉢かな     中村汀女 
 かざす手に蜜柑のにほふ駅火鉢    山本耀子
 料理屋の火鉢に席を待ちゐたる    安藤久美子
日常の中、様々な場所に火鉢があった時代。
 老の手のわななきかざす火桶かな   松本たかし
 父祖よりの火鉢に皺の手をかざす   安武晨子
掌を暖めながら、己の手を見つめることで想う人生。
 人のなさけが身にしみる火鉢をなでる 種田山頭火
山頭火にしては長い一句。「なでる」んですよね。

※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)、及び「増殖する俳句歳時記」による。

閉 会

点 鐘

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