icon_calendericon_facebookicon_gearicon_info!icon_keyholeicon_mailicon_personicon_smilelogo_rotary_2780

第493回 例会2025年12月17日(水)0:00〜2025年12月23日(火)23:59 開催

開 会

点 鐘

ロータリーソング

職業奉仕 四つの反省

会長の時間

2025-2026年度会長 原 いづみ

皆さんこんにちは、第493回例会へようこそ!!

 2025年最後の例会です。この時期、多くのクラブではクリスマス例会やクリスマス親睦会を開き、家族を招いて賑やかに過されていることと思います。私も子どもの頃、毎年父のクラブでのクリスマスパーティーを楽しみにしていました。残念ながら、このクラブではそうした催しは出来ませんでしたけれど、代わりに今年は両親のクラブのクリスマス例会の準備を手伝いながら、その雰囲気を味わっています。

 ところで、話は変わりますが、昨年来続いているお米の価格高騰ですが、このところもち米の値段上昇が大きく取り上げられています。年末になり、お正月を迎える準備の中でお餅は欠かせない定番品、縁起物のお餅にまで影響が出ているというのです。
 このもち米価格の高騰は、令和のコメ騒動を背景として、もち米の生産から食用のうるち米への転換が全国的に起きていることが大きな要因として挙げられています。もち米の供給量の減少、また、資材費や物流費、人件費の増加も重なり、餅の仕入れ価格はこの数年で約3倍に跳ね上がったと言われています。

 近年餅の消費量が減少してきているなかで、その価格が平年比で2割~4割高騰しているといわれる状況は更なる餅離れを引き起こす恐れもあり、消費者の餅の買い控えにより、日本の伝統的な食文化の衰退を危惧する声も上がっています。
 これは「餅」という食品が単なる食品の一つではなく、新年に鏡餅を飾る、お餅を食べる、また、地域の祭礼でのお餅つきなど、日本の伝統的な風習や文化の一面を有しているからに他なりません。
 当家では毎年12月28日は餅つきと決まっており、前日から米とぎなどの準備を行い、親戚が集まって盛大に行うのが恒例となっております。若い頃はこうした決まり事のような行事が幾つもあり、何故この日ではならなければならないのかなど、面倒に思い、疎ましく思っていた頃もありました。しかしながら、私も歳を取ってきたのでしょう、近頃はしっかり受け継ぎ、後に伝えられるようにしなければと思うようになり、改めて自分の置かれた立場の責任というものを考えさせられるような一日となりつつあります。

 さて、7月1日にこのクラブ最後の年度が始まってから半年、大なり小なりトラブルはありましたけれど、何とかこうして前半期を終えることが出来ました。
 当初の予定では、12月の最終例会までにはRI加盟脱退申請の承認が下りてご報告出来るつもりでおりましたが、提出してから一ヶ月程度で承認が下りるでしょうという説明だったのが、かれこれ2ヶ月近くになるのに回答が届かないのが気になるところではあります。
 2026年2月末での解散まであと2ヶ月、残り例会数7回。最後の奉仕事業、恒例のお米プロジェクトでのお米寄付も残っています。実際に集まって行う活動はこのお米のお届けが最後になりますので、出来る限り多くの方に参加していただければ嬉しいと思っております。

 月並みですが、今年一年お世話になりました。良いお年をお迎えください。

幹事報告

2025-2026年度幹事 大塚 和光

◆休会のお知らせ◆
  アーカス湘南ロータリークラブ定款第6条第1節により、2024年12月24日(水)~ 2025年1月6日(火)
  につきましては休会といたします。
 

◆第2回地区補助金説明会のご案内(2026年1月24日開催)◆
 日時 2026年1月24日(土)14:00 ~ 16:00
             ※説明会終了後、合同個別相談会を開催いたします。
 場所 JR藤沢駅南口 第一相澤ビル8階 会議室 
    〒251-0055 神奈川県藤沢市南藤沢22−7
 

◆第2回補助金管理セミナー/グローバル補助金個別相談会のご案内(2026年1月31日開催)◆
 日時 2026年1月31日(土)15:00 ~ 16:00
 場所 JR藤沢駅南口 第一相澤ビル8階 会議室 
    〒251-0055 神奈川県藤沢市南藤沢22−7
 

◆ハイライトよねやま309号◆ 2025年12月12日発行
 下記よりご覧ください。
 【https://www.rotary-yoneyama.or.jp/content/uploads/summary/highlight309_pdf.pdf
 

◆地区行事 日程変更のお知らせ◆
 地区カレンダーに掲載の地区行事の日程変更をお知らせいたします。

  *2月14日(土)地区チームラーニングセミナー
    → 2月28日(土)に変更 CLLSリーダー・サブリーダー打合せ会議と同日
     場所:第一相澤ビル

 *3月21日(土)PELS(会長エレクトラーニングセミナー)
   → 3月28日(土)場所:鎌倉パークホテル

※4月19日(日)CLLS (ホスト:小田原城北RC)は変更なしです。

委員会報告

出席委員会

第492回例会 出席率 66.6%
 会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名

Visitors

第492回例会のビジターコメント

豊田西ロータリークラブ 戸軽 健 様


先進国の「医療サービス」について、私は、西側諸国の掲げる、資本主義に於ける上辺の綺麗事で成り立っている虚構であると考えています。
資本主義とは、国境を越えた経済(金・権力)の争奪戦であり、奪ったもの勝ちの世界であると言う事で、敗者(弱者)への配慮は一切ない不寛容な世界観であると言う事です。
また同時に掲げられる民主主義で、最低限の弱者救済等を謳ってはいますが、資本主義の圧力に敵うものではありません。
ロータリー活動に於ける奉仕の一つに、22世紀を支える為に、21世紀の我々が取るべき行動は、如何に人類の生存権を守るか?の試行錯誤するかによると考えます。

今週のプログラム

和ものがたり歳時記(十八:年玉・羽子板)

年玉・羽子板

卓話者:末広 平太 様

 

 年玉 
  今は正月の贈物を言い、ことに子供の楽しみとなっている。だが地方では特殊の意味に用いられ、米を白紙で包ん
 だ神詣の供物、擬宝珠形の餅、大きな薪などを言っている。お年玉
   年玉の水引うつる板間かな      虚子
   年玉の襟一ㇳかけや袂より     万太郎

 現在のお年玉は子どもに対する正月の小遣いになっていますが、実は深い意味があるのです。お年玉の由来・意味を知ると日本文化の奥深さがわかりますよ。現在はお金が主流ですね。昨年「鏡餅」のところで書きましたが、もともとはお餅でした。でも単なるお餅ではありません。それは「魂」を象徴するものだったのです。「魂」なんていうとビックリしますが生きる力、気力を意味するものなのです。昔は年の初めに年神様から新年の魂を分けていただく、つまり、毎年一年分の力を授かると考えられていたのです。
 では、どうやって年神様から魂を分けていただくのでしょうか。鏡餅が年神様の依り代であるように、家にいらした年神様は鏡餅同様に餅玉に依りつきます。すると、餅玉には年神様の御魂(みたま)が宿ります。この年神様の御魂が宿った餅玉が、その年の魂となる「年魂」です。そして、年魂をあらわす餅玉を、家長が家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。これがお年玉の由来です。
 また別に、年の賜物(たまもの)であることから「としだま」という、とする説もあります。
 

 羽子板
  押絵や描き絵を付けて女子の遊戯の具となったのは江戸時代。古くは胡鬼板という。一つの羽子を二人以上でつく
  追羽根・遣羽子、数え歌を歌いながら一人でついて勝負を競う揚羽子など。羽子
   大空に羽子の白妙とどまれり     虚子
   つく羽の音のつづきに居る如し    汀女
   羽子の白いまだ暮色にまぎれず突く  節子

 羽根つきの由来は七世紀頃から宮中で行われていた毬杖(ぎっちょう)遊びだと言われます。これは先が「へら」のような形をした杖で毬(まり)を打ち合う遊びでした。その後、この杖が変化して羽子板になったとされています。
 文安年間(千四百四十四年頃)に書かれた辞書「下学集(かがくしゅう)」には正月に用いるものとして「羽子板」と言う言葉が載っているそうです。室町時代に「伏見宮貞成親王(ふしみのみや さだふさ しんのう)」によって書かれた看聞日記(かんもんにっき)にも永享四年(千四百三十二年)正月五日に宮中で女官などが男組と女組に分かれて羽根つきを行ったことが記録されています。
 羽子板は胡鬼板(こぎいた)と言い、羽根つきに使う羽根は胡鬼子(こぎこ)と呼ばれていたそうです。現在の羽子板や羽根も使用する素材や技法などは変わったものの、その形状は室町時代に使われていたものとそれほど変わらないようです。
 室町時代の羽子板は、絵具などで板に直接絵を描く描絵羽子板(かきえはごいた)でした。図柄は松竹梅の絵や、宮中行事の左義長(さぎちょう)の風景を描いたものが多かったようです。今日では「左義長」は小正月の「どんど焼き」のことですが、そのもとは当時宮中でお正月に行っていた「悪魔祓い行事」だと言います。年の始まりを祝う正月に用いる羽子板ですから、その絵柄もめでたいものや邪気除けになるものが好まれていたようです。
 江戸時代になると、羽子板の図柄に歌舞伎が使われるようになりました。人気の歌舞伎役者を押絵で作って貼った押絵羽子板が庶民の間で大流行したそうです。全国各地で年の暮れに行われていた羽子板市は大盛況だったと言われます。江戸幕府が豪華絢爛な羽子板の製造や販売を禁止したと言うこともあったそうです。
 明治時代の歌舞伎黄金時代が始まると、歌舞伎役者をモチーフにした押絵羽子板は更に盛んに作られるようになり、江戸工芸・東京の職人芸として発展し完成していきました。
 大正時代には羽子板に焼きごてで線を描き彩色した焼き絵羽子板や、絹を貼った羽子板に直接絵を描く絹絵羽子板など様々な形の羽子板が生まれました。絵柄では狂言物以外にも舞踊物と呼ばれる道成寺・汐汲・藤娘・浅妻・禿・春駒など娘姿のものが多く使われるようになりました。
 昭和以降の羽子板は羽根つき用のシンプルな作りの羽子板と正月に飾る華美な羽子板飾りに更に分かれていきます。最近では変わり種の羽子板も販売されています。毎年末に、その時々の有名人の図柄のものが報道されていますね。
 羽子板でつく羽根の先には黒くて硬い玉がついています。あの玉には昔から「むくろじ」と言う大木の種が使われています。漢字で「無患子」と書くので、そこから「子供が患うことの無いように」と無病息災の願いを込めた「女の子のお守り」の意味を持つようになったと言います。

※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。

Smile Box

第492回例会のスマイル報告

前回はありませんでした。

カレンダー

閉 会

点 鐘

過去の例会過去の例会のアーカイブ