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第462回 例会2025年2月26日(水)0:00〜2026年3月4日(火)23:59 開催

開 会

点 鐘

ロータリーソング

ロータリアンの行動規範

会長の時間

2024-2025年度会長 原 いづみ

皆さんこんにちは!第462回例会へようこそ!!

 この例会の会期中、2025年3月1日をもってアーカス湘南ロータリークラブは創立から10年を迎えることとなりました。これまで支えてくださった皆様のご協力に心より感謝いたします。

 当地区発の「Eクラブ」として「かながわ2780ロータリーEクラブ」の名の下に発足以来この10年、既存スタイルのクラブとは違って地域に縛られること無く幅広い地域で活動し、地域や社会に貢献すべく様々な活動に取り組んでまいりました。元会員、ロータリアンの子弟、元ロータアクター、米山学友などロータリー家族が集められてスタートしたクラブとはいえ、全くの新しいスタイルのクラブの運営、活動に試行錯誤しつつ歩みを進めてきたものの、黎明期というかたちにまとめきれなかった結果が終わりの見えている10周年ということなのでしょう。本来であれば次の10年に向けて、未来に向けて、「まだまだ改善の余地たくさんありますが、伸び代も沢山あると信じています。次の10年は、一人でも多くの方に私たちのクラブ、活動に興味を持っていただき、より大きく輪を広げていけるよう取り組んでいく所存でございます。今後ともご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします。」とこの挨拶を閉められたらどんなに良かったことか。残念ながら扉を閉ざす寸前の状況下にあって、10周年という祝うべきところをどう書いたら良いものかと大変悩ましい記念回というのが正直なところです。皆さんならどうでしょう。

 よく皆さん言われることだと思いますが、この10年はあっという間で、本当にいろいろなことがありました。本当に、本当に、ありすぎるくらい沢山のことが。
 入会したことを後悔しているわけではありませんが、ただ、この10年を振り返ったとき、思い出されるのは良い思い出よりもどうしても経験したくなかった事の方が多く、辞める切っ掛けならいくらでもあったのに何故辞めなかったのか、それはやはり・・・、と書こうとしましたけれど手が止まってしまいました。一体何ででしょう・・・。簡単に、言葉で表しきれるものでもなさそうです。でも、やはりこうしたところに書くことでもないでしょう。本質的なことはなおさらです。
 この原稿を書き始めて「しゅうねん」と言う言葉を「周年」に変換しようとしても何度も「執念」と出てしまい、私の思いがPCにも伝わっているのかと思うほどに、最後はもう執念で続けているのかもしれません。(その最たる理由は、分からない方は前回の例会をご参照ください。)因みに、先ほどの「変換」も「返還」と。認証状をもうすぐ返還するということでしょうね。
 あるデータによると、入会して3年未満で50%が退会するという数字が出ているそうです。私がお付き合いのある方は皆さん○十年と長く続けてこられているベテランで、しかも熱心な方が多いのでそうした数字を感じることはあまりないのですが、ただ、このところの自分のことなど色々考えると、皆さん何故ずっと辞めずに続けていらっしゃるのだろうと思うことが多々あります。実際、何故辞めずにいるのか訊いたこともありました。皆さんは何故辞めずに続けているのでしょうか。

 10周年という祝い事でのこの場が、少し早い終結前夜の「会長の時間」になってしまった感が否めず、これも対面での例会だったらもう少し違っていたのかもしれません。このような状況なので他クラブがされているような周年行事の催しは行えませんが、出来なかったことには少々ほっとしているところもあります。こうなると、コロナ騒ぎで出来なかった5周年が残念に思われます。このクラブは周年行事には縁が無いようですね。ほとんどの会員は知らなかったと思いますが、当時の会長幹事と会場の下見に行って、お料理やお土産まで決めてあったのでした。
 私事で申し訳ないのですが、何しろこのところ体調が良くなく、こんな記念すべき10周年を迎える週なのに集中できないどころか頭が働かず、ロータリーどころではないので休会にしないのがやっとというところなのでどうぞご容赦ください。
 今年度ずっとモチベーションが上がらないままの低空飛行で続けてきましたけれど、ここだけはしっかりやるつもりが、(実は新井AGが密かに毎週例会を見られているようですし!、)これまでしっかりやってこなかったのに急にやろうとしても無理だというところでしょう。本当に申し訳ない限りです。皆さんにも、そしてクラブを創立した特別代表の亡き渡辺治夫パストガバナーにも・・・。

幹事報告

2024-2025年度幹事 大塚 和光

◆第二回補助金管理セミナー◆
 日時 2025年3月12日(水)15:00 ~ 16:00
  場所 JR藤沢駅南口 第一相澤ビル8階 会議室
  〒251-0055 神奈川県藤沢市南藤沢22−7
 ※補助金管理セミナーは、グローバル補助金の申請を予定しているクラブのためのセミナーです。
 

◆第9回 日台ロータリー親善会議 札幌大会のご案内◆
 詳細は下記よりご覧ください。
 【C-1_(D2780 クラフ゛宛)第9回日台ロータリー親善会議札幌大会登録のこ゛案内
 【C-5_日台ロータリー親善会議 ご案内チラシ
 

◆IM案内◆
 ※拝受した文書は下記に掲載されていますが、読みにくい場合はPDF版をご覧ください。
  第3グループ ガバナー補佐 新井智代 様【IMのお誘い
  ふじさわ湘南ロータリークラブ IM実行委員長 大澤 伊知郎 様【アーカス湘南RC御中



 

◆ふじさわ湘南RC 3月例会変更のお知らせ◆
 詳細は下記よりご覧ください。
 【3月例会変更のお知らせ
 

◆第59回 神奈川県ロータリアン親睦テニス会(上野杯)のご案内◆
 詳細は下記よりご覧ください。
 【2025春59回案内 – (002)

委員会報告

出席委員会

第461回例会 出席率 66.6%
 会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名

Visitors

第461回例会のビジターコメント

前回はありませんでした。

Smile Box

第461回例会のスマイル報告

藤沢南ロータリークラブ 新井 智代 様


RI会長のメッセージを改めて拝見しましたが、革新的なクラブの誕生がいかに期待されているかがわかりました。第2780地区で最も先進的であったアーカス湘南RC様が、「手を放そう」としているのはもったいない限りです。
法人クラブが今後当地区で誕生するかはわかりませんが、常に先進的な活動を受け入れるために、ロータリアンとしての柔軟性が必要でしょう。
また、知識の吸収という面では努力が必要なんだと思いました。

今週のプログラム

きものがたり歳時記(五十八)

卓話者:十一代目大塚重郎右衛門 様

針供養
 関東では二月八日が針供養だが、中部以西では、陰暦十二月八日に行なう。針納め・針祭る・針休み

 この解説の後に括弧書きで(春の部参照)とあります。冬の部の解説には例句はありません。この季語は山本健吉編の季寄せには「冬・歳末」と「春・初春」の両方に掲載されています。ひとつの同じ言葉が冬と春という異なる季節の季語というのは珍しいかと思います。春の部の解説については以前、第十七回で触れ、針供養の謂れなどにも触れました。着物を語るときに裁縫道具である縫い針、待ち針などの「針」の大切さは言うまでもありません。
 針供養は日頃大活躍してくれた針、くたびれた針、折れた針を軟らかいものに刺して最後の仕事をねぎらい供養するという実に女性らしい優しい気持ちを感じさせてくれる行事です。そうした針仕事、裁縫をはじめとする女性の仕事、あるいは技芸すべての上達を願う行事として位置づけられてきたことから「仕事始め」についての地域文化の違いによって針供養の日取りの違いが出たものと思われます。

 そうしたことから「針供養」という同じ季語でありながら一方は春の季語であり、もう一方は冬の季語という不思議なことになったのでしょう。
 今回は俳句としてどのように取りあげられてきたかを中心に見てゆきましょう。例句を探しながら気が付いたのですが、この季語のイメージから女性の句ばかりかと思っていましたら、男性作者の句が思いのほか沢山ありました。そこで、今回は専ら男性が詠んだ句を取り上げてみます。
  ひそやかな祈りの声や針供養      和光
 手前味噌で恐縮ですが、この句から。阿夫利嶺俳句会の十五周年記念合同句集所収のものです。和光(わこう)は私の俳号で、一応、俳人協会の会員です。しかし、命永らえれば廃人にはなれるかもしれませんが、俳人は到底無理だと承知しております。掲句は句会で、つぼみ主宰に「女性の句かと思った。」と言われたのを覚えています。
  男ばかりの家族となりて針供養     忠男
 第三書館の「ザ・俳句歳時記」所収。この歳時記には阿夫利嶺俳句会の同人の句が沢山収録されています。荻山忠男さんは元会員です。以前、居酒屋「大扇」の奥の小さな座敷で冬扇句会が開かれていました。始まる前から飲んでいましたから披講の頃ともなれば皆かなりのご機嫌で、喧々諤々、楽しく貶しあっていたものです。最も、つぼみ主宰は心楽しまなかったことではありましたでしょうね。
  祇園うら年増ばかりの針供養     米朝
 上方落語の人間国宝、桂米朝の一句。勿論12月8日の方、関西の針供養を詠んだものです。祇園の若い芸妓さん達は針仕事なんてしませんね。勿論、舞妓さんも。
  蹇の妻の晴着や針供養        草城
 日野草城の俳句集成・その一、所収。有名な「ミヤコホテル」連作は今の世の中では左程エロチックとも思えませんが、女性にまつわる事を多く詠んでいることは確か。掲句はその236番目の句。蹇(あしなえ)は足が悪く歩行が不自由なこと。色々物議を起こした草城がどんな俳句の世界に居たのか、私なんぞの理解を超えます。
  針供養女の齢くるぶしに       桂郎
 講談社「日本大歳時記」1982年刊、所収。この句は女性の齢(よわい)が足首の踝に出てくることと針に感謝の供養とを合わせて詠んでいます。女性を良く見ていることがわかります。代表句の一つが次の句ですが山本つぼみ主宰と同じく町田市の青柳寺に句碑があります。
  昼蛙どの畦のどこ曲らうか      桂郎 
 石川桂郎(1907〜75)は東京・芝の生れ、家業を継いで理髪師になりました。戦前、石田波郷の「鶴」に投句する一方、小説を横光利一に学びます。戦後は文筆業の傍ら、「俳句の国」「俳句研究」「俳句」の編集長を務め、1964年、「風土」を主宰します。昼蛙の句、いいですね。        
  里山や男も遊ぶ針供養       鬼城
 「定本鬼城句集」所収。男が針供養でどう遊ぶのかな。
  針供養口で糸きる母をふと     光夫
 男は幾つになっても母親が恋しいもの、と思うのです。
  針供養豆腐いかなる悪事せし    岳人
白く柔らかく安くて栄養があって、いいことづくめの豆腐。豆腐は何の悪い事もしていないのに、この日ばかりは痛い想いをしなければなりません。宋岳人の面白い切り口。
  戦友の名も知らぬまま針供養
  墓標みな無名戦士や針供養
 夏井いつきの100年俳句日記の「ヨミビトシラズ」より。
 日々当たり前のように使われ、散って(折れて)いく針。だが、裁縫が必須の主婦や主夫にとって、彼等はまさしく「戦友」の筈、といいます。名前も無く散っていく彼等、針という無名の戦士を、せめて一年に一回位は懇ろに弔ってもバチは当たるまい、というのです。「豆腐に墓標が沢山突き刺さっているみたいで気味が悪いかな?」と。古針、折れ針を墓標に見立てるなんて、これも変わった切り口。

※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。

※本稿は阿夫利嶺俳句会の月刊誌「阿夫利嶺」に掲載されている連載を編集して掲載しております。※

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