第476回 例会2025年7月23日(水)0:00〜2025年7月29日(火)23:59 開催
開 会
点 鐘
ロータリーソング
職業奉仕 四つの反省

会長の時間
2025-2026年度会長 原 いづみ
梅雨が明け、毎日晴天が続いています。ムシムシとした暑さも加わり、連日うだるような日々です。天気予報を見ても晴れマークが並んでいるのは嬉しい反面、最高気温が33度や35度、時にはそれ以上になるのを見ると、「夏本番を迎えたばかりなのに、この暑さは一体いつまで続くのだろう」と思ってしまう今日この頃です。
さて、今日(7月22日)の天気予報によると、明日・明後日には北海道内で統計史上初めて40℃を超える可能性があると報じられており、ここまで気温が上がるともはやクーラーは必須の存在となっています。しかしながら、北海道ではエアコンなしの生活も珍しくない現状があります。
私自身、留学していたイギリスや、近年よく訪れるドイツなどでもクーラーのない生活が当たり前でした。つい先日、6月下旬にも熱波の影響で高温の記録が連日更新されましたが、クーラーの普及率が低いことが話題になっていました。北海道も同様に、全国に比べてエアコンの普及率が低く、暑さ対策が課題となっているというのは、正直なところ意外でした。
では、実際の保有率はどのくらいなのでしょうか。ウェザーニュースが2021年に実施したアンケート調査によると、全国平均のクーラー保有率が93%だったのに対し、北海道では42%と、半数以上が持っておらず、全国平均を大きく下回る結果となりました。ちなみに、もう少し古い2014年の政府統計ポータルサイト「e-Stat」によると、北海道のエアコン普及率は26.6%。この10年ほどで普及率は50%に届く勢いで伸びていると考えられますが、それでも全国平均には遠く及びません。こうした傾向は欧州でも同様であり、たとえばフランスは約5〜10%、ドイツでは約3〜6%、イギリスはわずか1〜5%と、いずれも非常に低い水準となっています。一方でイタリアは約30〜40%、スペインでは約50〜60%、そしてギリシャでは約85%と、高温地域では普及が進んでいます。
このように、北海道では10年ほど前まではエアコンなしの生活が一般的でした。しかし近年は温暖化の影響で39.5℃を記録するなど、真夏日のような高温の日が珍しくなくなり、気温上昇に伴ってエアコンの需要も増加傾向にあります。とはいえ、依然として普及率には大きな開きがあり、普及率が低い理由はさまざまですが、主に以下のような点が挙げられます:
● 夏の暑さが比較的短期間であること
● 自然の風や日陰を利用して涼をとるスタイルが一般的であること
● 厳しい冬に対応するため、家屋は断熱性に優れ、冬の寒さ対策が重視されていること
これらの要因が、昔からの習慣や文化として根付いているようです。
今日、北海道の明日の天気予報を聞いて思い出したのが、「2100年 未来の天気予報」です。確か、以前私が会長を務めていた際、「会長の時間」で取り上げたことがあったと記憶しています。その中では、地球温暖化が進んだ2100年の夏には、北海道・札幌の最高気温が那覇を上回るという予測が示されていましたが、それが75年も早く現実のものとなってしまいました。こうなると3年後、5年後はどうなるのかと憂慮せずにはいられません。
気象庁の3か月予報によれば、全国的に平年より気温が高くなる見込みです。暦の上では「大暑」を迎え、「一年で最も暑さが厳しい頃」とされる時期ですが、予報では10月まで残暑が続き、秋の訪れは遅くなるとのことです。毎年のように「異例の猛暑」という言葉が繰り返し使われていますが、もはや猛暑や酷暑は“異例”ではなく、日常として受け入れ、対応していかねばならない時代になったと言えるでしょう。
温暖化対策は、私たち全員が取り組むべき大きな課題です。まずは身近にできる小さなことから、意識していく必要があります。そして、それと同時に暑さへの対策も重要です。以前も取り上げたように、熱中症を他人事とせず、しっかりと備えることが求められます。
体調管理に十分留意しながら、皆さんどうぞ健やかにお過ごしください。なお、来週は水曜日が月の5週目に当たるため、例会はお休みとなります。
幹事報告
2025-2026年度幹事 大塚 和光
◆休会のお知らせ◆
アーカス湘南ロータリークラブ定款第6条第1節により、2025年7月30日(水)~ 2025年8月5日(火)は
休会となります
◆米山奨学セミナー/カウンセラー研修会◆
日 時:2025年8月30日(土)14:00~17:00 (受付13:30開始)
場 所:藤沢 第一相澤ビル6階「会議室」
基調講演:米山記念奨学会副理事長 相澤 光春 様
よねやま親善大使 カレ タオ 様(ベトナム出身)
研 修 会:世話クラブとカウンセラーの役割について、
危機管理について
◆『クラブ・地区支援リソース集』 更新版のご案内◆
下記よりご覧ください。
https://1drv.ms/f/s!Am5vZ-rEzAfolmlWjR6J8LP6SinH?e=peORHH
◆新世代育成ボランティア誓約書提出のお願い:地区危機管理委員会◆
国際ロータリー第2780地区
ロータリークラブ 会長の皆様
大変お世話になっております。
各クラブに置かれましては、新年度に入りまして奉仕プロジェクトの検討、始動を進めているところを思います。
今年度も青少年が関わるクラブ奉仕プロジェクトには、「第2780地区認定版-新世代育成ボランティア誓約書」の
ご提出をお願い申し上げます。
昨年度には参加者全員の提出をお願いしておりましたが、今年度につきましてはクラブ会長と幹事2名分、合わせて
奉仕事業申請書(参加会員名簿にあたるもの)をご提出いただくこととなりました。
青少年と関わる際の、国際ロータリーの行動規範に関する声明については、青少年の保護 | My ROTARY(https://my.rotary.org/ja/knowledge-and-resources/resources-and-reference/youth-protection)より
ご確認いただけますと幸いです。
また、あわせて『青少年保護の手引き』も添付いたします。こちらも青少年と関わるプロジェクトを検討の際
には、お目通しくださいますようお願い申し上げます。
ご不明な点等ございましたら、遠慮なくお申し付けください。
【添付資料】※下記をクリックしてご覧ください。
<提出のお願い(クラブ向け)-配信用>
<①2780地区認定版-新世代育成ボランティア誓約書>
<①-2(記入例)2780地区認定 新世代育成ボランティア誓約書>
<②青少年事業 申請書>
<ロータリー青少年保護の手引き>
国際ロータリー第2780地区
ガバナー 松下 孝
地区危機管理委員長
佐々木辰郎
委員会報告
出席委員会
第475回例会 出席率 66.6%
会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名
Visitors
第475回例会のビジターコメント
前回はありませんでした。
Smile Box
第475回例会のスマイル報告
前回はありませんでした。
カレンダー
今週のプログラム
和ものがたり歳時記(六:富士詣)
卓話者:末広 平太 様
富士詣
七月十日、富士の山開。年々富士登山は盛んだが、
昔はもっぱら信仰登山であった。行者たちは白装束で
六根清浄と唱えながら、先達にともなわれて、集団登
拝を行なった。富士禅定とも言って、江戸時代には盛大をきわめた。富士行者。
須走の夕日となりぬ富士詣 蛇笏
濛雨晴れて色濃き富士へ道者かな 普羅
飯田蛇笏の句、山本健吉編の季寄せには「須走」とありますが「砂走り」と表記された資料もあります。「夕日となりぬ」ともありますし、あの砂走りを登るとも考えにくいですから普通に考えれば下山中に詠まれたと思えます。
富士詣一度せしといふ事の安堵かな 高浜虚子
作者は富士詣をとても大切に思い「安堵」しているようです。私は大学一年生の夏休みに初めて登りました。友人二人と一緒です。格別な信仰心などなくて単なる富士登山。テントを担いで富士五湖を巡り、ついでに登ったに過ぎません。前日は支笏湖畔でキャンプしていました。当然ながら酷く暑い日でした。衣服を着たまま泳ぎ、石鹼を使って身体もシャツもパンツも洗い素っ裸で綺麗な砂利だらけの湖畔で両方とも乾燥させました。幸い辺りに人影も無し、でしたが今時そんなことをしたら公害やら風紀やらで大目玉でしたでしょうね。六十年ほど前、古き良き時代でした。
富士山の登山ルートは幾つかありますが、須走口登山道は吉田ルートと須走ルートに分かれており現在では標識にも色が付けられているので分りやすくなっています。
下山は基本的に山頂から胸突江戸屋(上江戸屋)付近までは上りと共有のコースで、ここから先は下り専用コースです。吉田口コースとの分岐点がありますので標識には十分注意して歩きます。
太陽館まで下りるといよいよ砂走りです。砂払五合目までの約三km。殆ど真っ直ぐに下る豪快な下山道です。須走口ならではの醍醐味を味わえます。一歩で二mほど進むことができ山頂から百二十分ほどで砂払五合目の吉野屋に着く事が出来ます。但し、本当に走ってしまうと勢いが付き過ぎて止まる事が出来ず頭から転倒しかねません。そのまま漫画の様にクルクル回りながら落ちていく人も結構見受けられます。実はその時、私の友人の一人も頭から数回転してしまいました。十メートル位で止まって事無きを得ましたが、調子に乗りすぎて走らないように、ということです。ときどき岩塊も点在しますので、そこで頭などを打つと笑い事では済まない事にもなります。未だに毎年事故死の報道もあるようです。
昔は富士講、浅間講という講中があり、陰暦の六月一日から二十日までの間に修験のいでたちで白衣を着て鈴と金剛杖を持ち、呪文などを読誦しながら富士山に詣でました。
登山者の信仰活動の目的は山上で日の出を拝することで,これを御来迎または御来光と称します。山中に胎内穴があり聖地視され、この洞穴に入り出てくることを胎内くぐりと呼び、富士詣により再生することを潜在的に意味したらしいのです。富士講では、富士に詣でることは丁度極楽に行って戻ってくることと同じだと説明して信者を集めたのだと言います。
現代社会においても、なお人間は素朴な悩みや希望を持ち、他者に救いを求めようとしています。娯楽化しているような年頭の初詣や七福神巡りはもとより、七五三の御祝、さらには水子供養など、そこに全く切実さが無いとは誰も言えないでしょう。ましてや近代以前の社会では、あらゆる場面において宗教は圧倒的な重要さを持っていたのです。
富士信仰の歴史は古く平安時代には既に登山する行者もおり、戦国時代に至ると行者の数はかなりの数に上っています。しかし、それが庶民の間に広がり、講として確立するのは江戸時代後半に入ってからのことです。
富士講の活動は定期的に行われるオガミ(拝み)と呼ばれる行事と富士登山、つまり富士詣から成っています。
オガミにおいて彼らは勤行教典オツタエ(お伝え)を読み、オガミダンス(拝み箪笥)と呼ばれる組み立て式の祭壇を用いてオタキアゲ(お焚き上げ)をするのです。
信仰の指導者である御師(おし)は富士講の講員に登山時の宿泊所を提供します。閉山期には江戸などの富士講を回り教えを説きました。夏になり開山の時期となると、河口や吉田などにある御師の家に富士講の講員が続々とやってくるので、宿を提供し、登山道についての情報や登山に必要な食料や装備も提供するなど、様々な世話をしました。以前、吟行した大山にも大山講がありますね。
令和五年一月二十八日付読売新聞に吉田口から五合目までの古道整備についての記事が掲載されています。富士講が盛んだった当時の登山道と神社、山小屋、茶屋など含め景色の復元も目指し世界文化遺産でもある霊峰の文化的、歴史的価値を高めようというものです。完成が待たれます。
※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。
閉 会
点 鐘