第495回 例会2026年1月14日(水)0:00〜2026年1月20日(火)23:59 開催
開 会
点 鐘
ロータリーソング
ロータリーの目的

会長の時間
2025-2026年度会長 原 いづみ
皆さんこんにちは、第495回例会へようこそ‼
この時期らしく寒い日が続いております。天気予報を見ると日本海側や東北の方では大雪の予報を見ることもありますが、私の住む地域では雪は滅多に見ることはありません。このところ晴れに恵まれていますが、雨が全く降らないということは乾燥しているということでもあり、先日山火事が発生したと知ったときには心配したものでした。
一方、山梨県で発生している山火事は、1月13日現在で発生から6日目になりますが、こちらはまだ延焼しており依然として鎮火の目途が立っていないということですので、一刻も早い鎮火が待ち望まれるところです。
さて、現在アメリカ・フロリダ州オーランドで開催中(2026年1月11日~15日)の国際協議会において、12日に次年度RI会長に就任されるラインカ H. ババロラ国際ロータリー会長エレクトよるが講演が行われ、クラブでの歓迎的な環境づくり、意義あるプロジェクトの実施、人生を変えるようなロータリーでの体験を通じて、「持続可能なインパクトを生み出そう」(CREATE LASTING IMPACT)と、次年度の会長メッセージを発表されました。

次年度のことですので、あと一ヶ月半でロータリーから離れる私たちには関係の無いことではありますが、せっかくなので少し見てみましょう。
「ロータリーは私たちを変えました。私たちという人間を形づくり、より良い人間にしてくれたのです。私たちは“世界を変える”ことをよく話題にします。ポリオ根絶や平和構築について語ります。しかし、ロータリーが自分自身をどう変えたかについては、あまり考えません」
ナイジェリアのトランス・アマディ・ロータリークラブの会員であるババロラ氏は、十代のときにローターアクトクラブで活動したことが、恵まれた環境で育ったことによる狭い視野から抜け出し、より広い世界を見るきっかけになったと語られています。
RI会長と並べるのは大変大がましいことですが、私も留学中にイギリスのカンタベリーでロータアクトクラブで活動したり、また父のクラブの国際奉仕事業を手伝ってきた中で、自らが恵まれた環境で育ってきたことに気付かされ、そして何より父がロータリーに熱心でいつも身近にロータリーがあったことで、世界に目を向けるきっかけになったのだと思っています。
ですので、「より良い人間にしてくれた」かどうかは分かりませんが、というよりまだまだいち人間としては発展途上ですけれど、少なくとも、ロータリーが私を変え、私という人間を形づくる一端になっているとは言えるでしょう。
「ロータリー会員である私たちは、より良い未来というビジョンを共有しています。……そのビジョンを現実にするには、自身の内なる変化を意識し、解き放たなければなりません。成果だけでなく、インパクトを重視すべきです」
「変化とインパクトは同じではない」と述べられたた上で、「変化は始まりに過ぎません。インパクトこそが永続するのです」と続けておられます。
確かに、これも自らの経験というか、父のクラブのことになってしまいますが、中古消防車をタイに寄贈する奉仕事業のことを思い返すと、その通りと同感できるものがあります。
それは、父が会長年度の一度だけ出来れば良いと思って始めた事業だったそうですが、贈呈式でタイを訪れ、現地の人達の喜ぶ様子を目の当たりにした訪タイしたメンバーが「またやろう!」とその後も毎年続き、タイ側の中古車輸入に対する規制で困難になるまで10年以上続けられた事業です。
中古消防車(といっても皆さんが日常生活で使うような乗用車とは違い走行距離も少なく、日々メンテナンスは欠かさずされてピカピカにされている車ですが)を「新車同様!」と子どものように喜ぶ様子は、また寄贈先で見た現地の消防車と私たちが日本で目にする消防車との格差、こうしたインパクトがあのプロジェクトを長続きさせ、現地では大きな成果をもたらしたのではないかと思っています。
「成果だけでなくインパクトを重視」するよう呼びかけられたところには、進歩は自身の内なる変化から始まると述べられていますので、私の捉え方とは少々異なるプロセスはあるかもしれませんけれど、「成果だけでなくインパクトを重視」というポイントでの私の経験でした。
「若きローターアクターとしてロータリーに入会しようとした時、私は抵抗に遭いました。」
ローターアクト時代にロータリークラブに入りたいと思ったものの、クラブ会長から冷たい対応を受けたご自身の経験について次のように語られています。
「彼(クラブ会長)はこう言いました。“何という厚かましさだ!ただ入会できるわけがないだろう。招待が必要だ”、と」とババロラ氏は振り返ります。「そこであきらめることもできましたが、私はこう言い返しました。“子どもが親の家に入るのに招待が必要だとは知りませんでした”」
また留学時代の話に戻りますが、カンタベリーでロータアクトクラブに参加していたものの、最後の方は当時の定年(笑)・・・ではなく上限の年齢をこえていたものの、本帰国までもそう長くないので卒業すること無く続けさせてもらっておりました。
ところが、本クラブの方のお宅で開催されたパーティーに参加させていただいた際、時のガバナーがいらっしゃっていて、そのことを話したところ「ロータリーに入りたいなら私がスポンサーになる」とおっしゃってくださったのでした。カンタベリーにいられるのは半年くらいしか残っておらず、直ぐ辞めて本帰国することになるのも申し訳ないとお断りしても、ガバナーやメンバーの方はそれでも構わないとおっしゃってくださったのは本当に嬉し思い、そのことは今でも大切な思い出の一つです。
一方、帰国してしばらくして父に同行したあるロータリー関係のイベントでお話しした方は「まだ30(歳)ちょっとなら早いね」と、ババロラ氏のほど冷たく遇われた訳ではありませんが、日本とイギリスではこうも違うのか、と思ったこともありました。
本帰国してしばらくしてから知ったことですが、カンタベリーはヨーロッパ大陸と近いこともあり、転勤で駐在中に入会や移籍し、帰国したら現地のクラブにまた戻る会員も少なからずいらっしゃるそうで、だから私の場合も半年くらいでも全く問題無かったのにと知ったときには、本当に惜しいことをしたと思ったものでした。カンタベリーでロータリーの扉を開けていたら、違った路が続いていたかもしれません。
と、ここまでは自分の経験と重ね、共感できるところを取り上げてきましたけれど、この後は主に会員増強と資金集めにフォーカスされ、結局の所はそこにたどり着くのかといった感想です。
「過去5年~7年を振り返っていただくよう、それぞれの地区とクラブにお願いします。会員増加で最高を記録した年度はいつでしたか?ファンドレイジングで最高を記録した年度はいつでしたか?最も大きなインパクトをもたらしたプロジェクトは何でしたか。
それらの年度がわかったら、その最高記録を超えていただきたいのです。」
数年前、地区の米山資金推進委員を務めていたとき、ある副委員長が「会員が増えれば寄付金も増える」と唱えた方がおりましたけれど、それに対して私は「いくら会員が増えても、数ばかり増えても寄付してくれる会員が増えなければ意味が無い」と申し上げたことがありました。どれだけ会員数が増えたところで、寄付に関心が無い会員ばかり増えても財団や米山の寄付、スマイルは集まらないというのが私の考えです。
組織を維持するためには会員維持・増強は必要不可欠ではありますが、どうも近年の会員増強一辺倒ともいえるような状況には違和感を覚えます。今回のババロラ氏の講演ではそれをより一層感じました。
会員増強に関する話は会員増強月間などで何度かお話ししていますが、私は「量より質」を重視しています。と、この話になるとまた長くなりますし、今回も長くなってきたのでそろそろ終わりにしようと思いますが、「質」と「量」、バランスを取ってクラブを成長させていくのは本当に難しいことだと思います。
会員数が増えれば色々なことが出来る、選択肢が増える、とおっしゃった方もおりました。しかしながら、前述の寄付の話同様、数だけ増えても活動に参加しない会員ばかり増えても意味はありません。会員数は多くても、出席率は半数かせいぜい60%代、そのような状況を良しとするのか。
これも何度も書いていることですが、子どもの頃の見方と大人になってからの見方とでは異なるところはあるでしょうけれど、自分がロータリークラブの会員となって今見ているロータリークラブの会員の方々は、私が子どもの頃から見てきた会員の方達と違うように見えています。集まりも昔のロータイリーの集まりの様子とは異なるように感じています。敢えて書きますが、勿論良くない方にです。
あるPGが父に貸してくださった50年以上前の資料を読んでいたとき、最近のロータリーは変わった、というような事が書かれていました。あの時代にこのように書かれて居たのですから、当時の方が今を見たら全く違うロータリーに見えることでしょう。
時代と共に変化していくことは大切なことではありますが、核となることは変えてはならないと考えています。
「型があるから型破り、型がなければ単なる形無し」、歌舞伎役者の18代目中村勘三郎さんの言葉です。とても響いた言葉の一つで、何度かこちらでも紹介させていただきました。
伝統的な「型」は身近な言葉では「基本」や「基礎」に置き換えられます。何事でも新しいことを始めるときは、まず基礎を身に付けるのが普通です。いきなり応用をやろうとしてもうまくいきません。
数年前のガバナー補佐で「最近は職業奉仕の概念が無くなってきている」と初回の会長幹事会で言われ大変驚いたこともありました。また、「ロータリーとライオンズの違いは無くなってきている」とおっしゃったAGもおられました。
リーダーとなる方が基本の「型」を知り、その上で変化させていかないと歯車はどんどん違う方向に進んでしまうでしょう。
あと一ヶ月半ほどでこのクラブは終焉を迎え、私もロータリーから離れますが、ロータリーが「型破り」ではなく「形無し」にならないよう、少し離れた所で見守っていたいと思っています。
「『奉仕、居場所を求めているなら、ロータリーがその答えとなるでしょう』。この言葉に共感できる方も多いと思います。」、いつまでもそのような場所であって欲しいとも思っています。
幹事報告
2025-2026年度幹事 大塚 和光
◆ガバナー月信 2025-26年度第7号(1月号)◆
下記よりご覧ください。
【ガバナー月信2025-26 第07号 】
委員会報告
出席委員会
第494回例会 出席率 66.6%
会員数 3名 出席者 2名 欠席者 1名
Visitors
第494回例会のビジターコメント
倉敷ロータリークラブ 大橋 紀寛 様
?謹賀新年? 本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
「原 いづみ会長の時間を拝見して」
丙午(ひのえうま)の年なんですね。あらためて意識した次第です。昔は平気でこの年の女性は何とか、かんとかと差別的発言がが出ていたようです。60年に一度の迷信であることは分かっていますが、バイオリズムか何かの関係か大きな事が起こりそうな今年のように思われます。しかしながら昔の人は偉いです「左馬(ひだりうま)」と、通常の“馬”の字を左右反転させこれを「まう(舞う)」と読み替えることで、商売繁盛や開運の縁起が良いという解釈に変えたそうです。
熊被害や地震、キナ臭い世界情勢などありますが、良い年にしたいと思います。
本日はメークアップでお世話になり有り難うございました。
大和田園ロータリークラブ 古木 明夫 様
本年は個人的なことですが喪中につき、新年のご挨拶は遠慮させていただきます。
今年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
昨年、後期高齢者の仲間入りをしたのですが,そのせいというわけでは無いのでしょうが、色々な所に体調不良が出てきてしまいました。12月には心臓弁膜症の手術を受け、年内に退院はしたものの今も自宅で療養中の身です。このような時には、アーカス湘南クラブ様のようなEクラブのありがたさを身をもって感じております。ロータリークラブの例会にネット経由で参加することなど、入会当時には考えてもみないことでした。お陰様でメークアップを無事済ますことができました。これからもお世話になることがあると思いますが、よろしくお願い申し上げます。
藤沢南ロータリークラブ 新井 智代 様
新年 明けましておめでとうございます。
原会長より素敵なお年賀状をいただきました。ご丁寧にありがとうございます。
本年がアーカス湘南RC会員の皆様にとって素晴らしい1年になりますようお祈り申し上げます。
2026年の丙午という特別な年に、ロータリーがそのポジティブなエネルギーを活かして、より活発な奉仕活動を展開できるようになるといいですね!
Smile Box
第494回例会のスマイル報告
前回はありませんでした。
今週のプログラム
和ものがたり歳時記(十八:鏡開)
鏡開
卓話者:末広 平太 様
鏡開
正月十一日、鏡餅を卸して食べること。武家では具足開と言い、具足に供えた
鏡餅を割り、女子は鏡台に供えた鏡餅を割った。刃物で切ることを忌み、手や槌で割りかく。鏡割。
傍観す女手に鏡餅割るを 三鬼
罅に刃を合せて鏡餅ひらく 美代子
新年が始まってちょっと過ぎた頃、鏡開きが行われます。この鏡開きは日本の伝統的な正月行事のひとつで、お正月に別れを告げる催しとして定着しています。鏡開きとは、お正月に神様にお供えしていた鏡餅を食べやすい大きさに開き、お雑煮やおしるこなどにして食べる風習のことを指します。食べることに大きな意味があります。近年は鏡餅も小ぶりのパック入りのものが沢山出回っていますね。
鏡開きを行う時期は関東と関西では違いがあるようです。関東の鏡開きは一月十一日ですが、関西は一月十五日又は二十日に行われるのが一般的です。関東は松の内が一月七日まで、関西は十五日になっているところが多い為です。神様がいらっしゃる時期である松の内に鏡餅を片付けるのは神様に対して失礼な行為となります。ちなみに同じ関西でも京都やその周辺の一部地域では一月四日に鏡開きが行なわれています。これは鏡開きがもともと新年の行事始めの儀式として行われていたためです。
まだ武士が存在していた時代、武家では十一日に鏡餅を開いて(割って)食べていました。この時に食べた鏡餅は男女で異なっており、男性は鎧や兜にお供えした具足餅を、女性は鏡台にお供えした鏡餅をそれぞれお雑煮にして食べたことが鏡開きの始まりだと伝えられています。
鏡「開き」というのは、もともと武家から始まった行事のため刃物などを使うことは切腹を連想させるためタブーとされてきました。そこで手や木槌などを使って鏡餅を割ることにしましたが「割る」という言葉も縁起が悪いので、末のほうに広がるという意味を持つ「開く」を使いました。
鏡開きと聞くと「酒樽を使った行事」という方もいます。酒樽を使った鏡開きは主に結婚式や祝勝会などで行われる縁起が良い行事です。本来は戦に出陣する前の必勝祈願の儀式でした。今は選挙の時にしますね。丸い形をした酒樽と上蓋を神鏡の形に見立て、酒樽の前で舞いを行なった後に、上蓋を割って全員で日本酒を飲んだといわれています。
鏡餅
東京付近では蓬莱の三宝に飾る二個一重ねの餅と、年神や祖霊に供える餅だけを言っているが、元来正月用の
丸餅の称。伊勢海老・橙・串柿・昆布・裏白などを鏡餅に添えて飾るのは、正月の食物を豊富に飾り立てる意
味。御鏡・鏡餅。武家では床の間に具足を飾り、その前に紅白の鏡餅を置いた。具足餅。
鏡餅暗きところに割れて坐す 三鬼
つぎつぎに子等家を去り鏡餅 楸邨
なぜ鏡餅というのかは昔の鏡に由来します。丸い形をした銅鏡ですが三種の神器の一つでもあります。二段重ねるのは大小で月と太陽、陰と陽を表していて、円満に年を重ねる、夫婦和合などの意味も込められています。
鏡餅は新年の神様である「年神様」の依り代です。一連のお正月行事というのは、年神様を家に迎え、もてなし、見送るためのもので、年神様の居場所が鏡餅です。
年神様は、新しい年の幸福や恵みとともに私たちに魂を分けてくださると考えられてきました。その魂の象徴が鏡餅です。魂というと驚きますが、生きる力、気力だと思ってください。家にいらした年神様は鏡餅に依りつきます。鏡餅には年神様の御魂(みたま)が宿るとされるのです。
この鏡餅の餅玉が年神様の御魂で「年魂」です。年魂をあらわす餅玉を家長が家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。これがお年玉のルーツです。
現在お年玉はお金が主流ですが、もともとはお餅でした。お餅は「魂」を象徴するものだったからです。生きる力、気力を意味するものですから、年神様から一年分の力を授かると考えられていたのです。
お年玉がいつから始まったのかは諸説ありますが、江戸時代には庶民にも浸透していたといわれています。昭和三十年代後半の高度経済成長期ごろから、都市部を中心にお金が主流になっていき、贈る相手も専ら子どもになったと言われています。今でもお年寄りの中には、子どもの頃はお餅がお年玉だったという方がいらっしゃるでしょう。
この餅玉を食べるための料理が「お雑煮」で餅を食べることで体に魂を取り込みました。ですから、お雑煮には餅が入っており、お雑煮を食べないと正月を迎えた気がしないという感覚は正しいのです。
また、鏡餅には「歯固め」という意味も含まれていました。丈夫な歯の持ち主は何でも食べられ健康で長生き出来ます。そこで固く丈夫な歯になるよう願い、固くなった鏡餅を食べました。鏡開きは「歯固め」の名残でもあります。
※引用文は山本健吉編【季寄せ】(昭和四十八年文藝春秋社刊)による。
閉 会
点 鐘